床屋

一月半ごとに床屋に行く。私の行きつけの床屋だ。
「どのような髪型にしましょう?」
いすに座った私は、ふと顔を上げた。髪型を訪ねられるのは久しぶりだ。いつも同じ店に通っているので、普段は「いつも通りでいいですね」といわれるのだが、なるほど、この店員の顔は見たことがない。顔立ちから察するに、新米さんか。確かに、首に巻いたタオルがゆるい。髪の毛入ってきそうだな。
「短めに。眉毛と耳が出るくらいにしてください」
はいと言って、店員さんは髪の毛を湿らせる。霧吹きと櫛で髪の生え方を見極め、蒸しタオルでくるむ。
いつもなら髪を切りながら会話をはずませているのだが、さすがに新米さんにはそれだけの余裕がない。
「前髪はどうしましょう」
4行前に注文をしたはずなのだけれど、まあ、そんなものだろう。眉毛が出るくらいにしてください。
……ってあんた、眉毛の高さで髪の毛を切りそろえたら、おかっぱになるじゃないか!
ああああもみ上げもその高さまであげたら本格的におかっぱだぞ。*1
いてて!いくら櫛が通らないからってむやみに引っ張らないでくれ。確かに私はえりあしだけが逆毛で、髪の生え方にむらがあり、頭頂部におできがあるという難儀な頭をしているが、そこをこらえてもう少し丁寧に切ってはくれないか。
うん?切り終わったのかい?
いや、兄ちゃん「これでよろしかったでしょうか?」って、なんだか取り返しのつかない切り方をしたみたいで怖いじゃないか。そもそも、鏡で切り具合を客に聞くなら、もう少し頭をすいてからにしてくれ。頭頂部に一ふさ、宇宙人みたいな角が生えているぞ。これで「はい結構です」って言ったら、このアホ毛まで認めたみたいじゃないか。まあ、さすがに新米さんがそこまで意地悪じゃないと信じたいけど。
シャンプーで洗うのかい。お手並み拝見だよ。おお、夕方にしちゃあ、力が強いじゃないか。きちんと洗ってくれよ。
洗うに際して、できれば湯加減を聞いてもらいたいなぁ。ちょっとぬるい。目を洗うときは断ってくれ。
いちゃもんをつけるわけじゃないけど、顔を剃るなら生えているひげを剃ってよいか一声かけたらどうだい。目元と手元に不安がないから任せられるけど、ちょっと手つきが雑だなぁ。
ああ、さっぱりした。うん、悪くはないよお兄さん。早く上達して背中のかゆみを取っておくれ。

今日は祖父の誕生会。米寿なんて、私には遠い未来の話です。約70年後の未来、私はどうなっているのだろう?

*1:最終的にはおかっぱまでは行きませんでした。やれやれ