松島学会(6)

今日は学会のオプションで被災地視察をしました。松島湾は沖合の島が防波堤代わりとなったために津波の被害が比較的軽微(それでも腰よりは上の高さまで水が来たので、流されたらひとたまりもない水位)だったのですが、石巻や女川のあたりは壊滅的な被害を受けています。まだまだがれきを撤去して整地しただけの地域というのも多いです。語り部さんというのがいて、体験談や被災の様子を話していただけるのですが、まだ被災してから3年ということもあり、震災当初のことから現在の状況まで話題が豊富でした。もっとも、こういった語り部の企画が始まって日が浅いのか、語り部ごとの質が不均一で、私たちのバスを担当した人はご家族こそ石巻在住で津波の被害に遭いましたがご本人は仙台にいたということで、被災の様子よりは復興の過程の方が詳しかったです。


百聞は一見にしかずとは言いますが、復興途上の女川はまだ旧市街は更地のままで、波をかぶらなかった山の上に建てた復興住宅だけが新しいという状況でした。漁業も回復途上ですし、先は長そうです。女川町には標高16メートルの高台に病院があるのですが、津波は高さ18メートルにも達したため、駐車場で見物していた人たちや病院の一階にとどまっていた人たちは流されてしまったそうです。また石巻でも避難途中の渋滞に巻き込まれて津波に追いつかれたり、社長の命令一下社屋の屋根に逃れたり、数々のドキュメンタリにあったような悲しいエピソードをたくさん聞きました。目下の問題(というかおそらく語り部さんから見た問題)は、復興の不均一さのようでした。たとえば、同じ標高でも道路一本を隔てただけで集団移転の対象とならなかったために土地の補償を受けられず、しかし津波で家が流され地価が下がってしまったために土地を売り払って引っ越すことすらままならない人がいるようです。また、東京オリンピックが決まったために人件費や資材が高騰してしまい、復興計画に遅れが生じていることも問題のようです。

そのうちIGARSSを日本で開催するときも、被災地を視察するツアーでも組めたらと思いました。開催地によっては一泊二日の日程かも知れませんし旅費もかかるでしょうが、興味がある人はいると思います。
おとといからの日記に合わせて、7/16-19の日記も書きました。二週間続いた出張も無事に終わって安心しました。これからゆっくり研究できます。