竹島問題は竜頭蛇尾ですか

竹島近海の測量調査をするかしないかで、今週はずいぶんと盛り上がりました。
まごうことなき日本の領土である竹島の周辺の調査に、障害があるとすればかの島を占領し続ける韓国をおいて他にありません。韓国政府のエキサイトした様子をニュースなどで伝え聞く限り、このまま両国政府が領土問題の解決に本腰を入れるのかと思いきや、結局いつもどおりの「次回に続く」で終わってしまい、いささか失望の感があります。
グーグルニュースを見る限り、せっかく世界のメディアがそれなりに注目し始めたところなんですから、こんな中途半端な妥協をするよりも、堂々と測量調査をすればいいんじゃないかと思います。せっかくですから、世界のメディアを調査船に乗船させて、国交相自ら竹島領有権の正当性と韓国による占拠の実態とを力説してあげればなおよいでしょう。それだとちょっと幼稚ですか。
それにしても、侵略の歴史の正当化だ国粋主義者の暴走だと、何かにつけ日本に文句を言ってくる韓国政府は、いったい何を考えているのでしょう。日本海を東海と改名しようとするなど、すでに世界で定着している日本名を韓国名に改めようとしたりといった、日本アレルギーがあるような気がしてなりません。そもそも、海の地名や竹島の領有権に限れば、日本の帝国主義とはなんら関係のない話であって、竹島にいたっては戦後処理の宿題でしかありません。戦前の歴史を絡めようとすること自体が間違っているのではないかと思います。
浅薄な私の歴史認識をありのままに述べれば、サンフランシスコと戦後賠償で、戦後処理と言うものには区切りがつき、あの忌まわしい戦争の災厄は過去のものとなったはずです。私の世代では、第二次世界大戦は歴史の一ページであり、その後に戦後復興期、冷戦、ソ連崩壊といった歴史が連なっています。戦争の禍根は、日本史のコラムの一つにはなってもトピックにはならないでしょう。にもかかわらずそれが日韓両政府の間に横たわっている。どこかで時間の流れが止まっているようです。韓国に戦前と言うものを背負わせたのは日本の罪ですが、時計の針をそこから進ませられない、あるいは進めようとしないのは嘆かわしいことではないでしょうか。
私は韓国人の友人を国内外に何名か持っていますが、彼らは小泉首相靖国神社に参拝しようがWBCで韓国が日本に2タテを食らわせようが、特にこれと言った変化はありませんでした。普通の友人です。彼らは私たちと同じ時代を生きています。