ノーベル賞受賞者たちを野次馬

夕べ「ノーベル賞フィールズ賞受賞者による事業仕分けに対する緊急声明と科学技術予算を巡る緊急討論会」ににぎやかしとして学生も参加しろというお達しが来たので、野次馬をしてきました。
生・江崎玲於奈と生・利根川進と生・森重文と生・野依良治と生・小林誠を同時に見れただけでも眼福ものです。声明自体もよくできており、なかなかに楽しい記者会見でした。記者会見の場となった小柴ホールは30分前には既に入りきれないほどの人がおり、この問題への関心の高さが伺えます。
記者会見の模様を録音しておけばよかったのですが、ICレコーダを家に忘れてきたので手元のメモランダムにある要旨から書き起こしてみます。内容等に誤りがありましたら、訂正いたしますのでご指摘ください。


小林誠「今回の研究費を始めとする予算の削減は、科学技術全体の問題であり、個別案件の短所を並べるだけで済ますのは短絡的な考え方だと思う。政府は科学技術振興を政策としておりこの方針との整合性を考えてもらう必要がある」
野依良治「私は民主党政権に期待していた。所信表明演説でも科学技術の振興を掲げていたが、仕分けの結果等を考えると残念だ。一方で、今の時代はどのような国でも一国では生きていけず、特に資源のない我が国が他国と伍してゆくには技術しかない。科学の分野は国際的な競争の場でもあり、協調の場でもある。両方が大切である。一般論として公開の仕分けはよいやり方だとは思うが、教育や科学技術に関連する分野は、短期的に見るだけではいけないのではないだろうか」
森重文「私はかつて内閣の専門調査会に所属しており、つくづく感じたのは優秀な人材とブレイクスルーの芽を得るためには政府による交付金が必要だということだ。近年競争的資金なども導入されているが、競争的資金は既に芽が出たブレイクスルーを伸ばすためのもの。芽を出すために多数の研究者に小額の投資をすることができる交付金と、出た芽を伸ばすために少数の研究者に多額の予算をかける競争的資金という二通りがあることが大切」
利根川進オバマ大統領がアメリカの科学アカデミーで演説し、経済が悪いときこそ研究に投資をするべきと述べた。知識の無い人から見れば科学はLuxury、すなわち贅沢であると考えられがちだが、オバマ大統領はこの考えに反対し、むしろ研究予算をGDP比で0.8%から3%に増加させた。一方で日本はその逆のことをやっているどころかその論理をかんがみれば、理解不能である」
江崎玲於奈「小柴ホールの入り口で『もう入れません』と言われてしまい、危うく帰りそうになった*1。かつて、このような集まりがあったことはなく、今回の件はむしろ科学を考えるチャンス、Devil's advocateであると考える。実は、日本の科学は世界の一流『ではない』。従って金はぜひとも必要である。しかし、金、金と言う以前に、日本においては、本来は別物であるはずの科学と技術が曖昧に認識されていることが大きな問題だと考える。科学はそれ自身が直接何かの役に立つかどうかは分からなくてもよく、その知に価値がある。一方で、技術というのは使えてこそ役に立つ。この二つの違いを洗いなおしてどう定着させるかは課題だと思う。なにしろ、『科学技術』といって一般に認識されるのは技術の方だ。繰り返しになるが『技術』は一流でも『科学』はそうではない日本が、科学を考えるチャンスと受け止めるべきだと思う」


全部メモからの書き起こしなので、本人の口調その他は全て消え去っています*2。実際には小林先生は短めに話す感じであり、利根川先生はかなり冗談をよく交えて分かりやすく話していらっしゃいました。一方で江崎先生は話がよく飛ぶために趣旨が分かりづらかった記憶があります。


そんな経緯を経て採択された緊急声明は、以下の通り。私も署名してしまいました。

声明


資源のない我が国が未来を持つためには、「科学技術創造立国」と「知的存在感ある国」こそが目指すべき目標でなければならない。この目標を実現するために、苦しい財政事情の中でも、学術と科学技術に対して、科学研究費補助金を始め、それなりの配慮がなされてきた。このことを私たちは、研究者に対する国民の信頼と負託として受け止め、それに応えるべく日夜研究に打ち込んでいる。
学術と科学技術は、知的創造活動であり、その創造の源泉は人にある。優秀な人材を絶え間なく研究の世界に吸引し、育てながら、着実に「知」を蓄積し続けることが、「科学技術創造立国」にとって不可欠なのである。この積み上げの継続が一旦中断されると、人材が枯渇し、次なる発展を担うべきものが居ないと言う《取り返しの付かない》事態に陥る。
現在進行中の科学技術及び学術に関する「事業仕分け」と称される作業は、対象諸事業の評価において大いに問題があるばかりではなく、若者を我が国の学術・科学技術の世界から遠ざけ、あるいは海外流出を惹き起こすという深刻な結果をもたらすものであり、「科学技術創造立国」とは逆の方向を向いたものである。
学術と科学技術に対する予算の編成に当たっては、このような「事業仕分け」の結論をそのまま反映させるのではなく、学術と科学技術の専門家の意見を取り入れ、大学や研究機関運営の基盤的経費や研究開発費等に関する配慮を行い、将来に禍根を残すことのないよう、強く望むものである。


平成21年11月25日

その後、質疑応答。メモランダムからなので間違いがあったら教えてください。


Q「大学運営費の削減についてどう考えるか?」
野依「OECD加盟国の研究費は、平均でGDP比1%。それに対して日本は0.5%しかない。現状からむしろ3兆円は増額するべきであり削減など論外だと思う」
Q「事業仕分けの側の意見の中に、研究機関等への天下りが予算削減に挙げられているが、天下り排除の意思を酌むべきでは無いだろうか?」
利根川「役人の天下りは確かに必要ない。しかし、スパコンとは別の話であり、コンピュータと天下りの話題を仕分けするべきだと思う」
野依「科学技術は人と金、両方を整合的にやるべきであって、足を引っ張り合ってはいけない。人材と資金というインフラがないとやっていけない」
Q「国民の目線からすると、スパコンなどはなぜそんなに金がかかるのかと思える。このような疑問にどう答えるか?」
利根川「そのような疑問には、むしろマスコミが答えるべきだ。アメリカのマスコミにおいては、科学部の記者は大抵がPh.D.*3を持っており、つい先日までは研究者だった者もいる。従って、研究者の研究内容等も貴社が全部理解できている。一方、日本は一人の記者が広範な領域をカバーせねばならず、当然マスコミ自身が理解できていない。従って、実は日本人は科学をあまり理解していない」
江崎「科学は将来をつかむacademyであり、技術はindustryである。両方のバランスが必要。米国と日本ではPh.D.の社会進出の割合が全く異なり、アメリカでは40%、日本ではわずか20%しかない」
後何個か質問が出ていましたが、興味が沸かなかったのかメモには残していませんでした。
この記者会見で、ノーベル賞の先生方はお帰りになり、マスコミや野次馬の大半も一緒にお帰りになりました。



五分間の休憩の後、後半の討論会と称したイベントがありました。こちらに参加したのは、発起人の先生や他の教授たち。
個人的には、この討論会は蛇足だったと思います。
まあ「俺にも言わせろ」的な気分はわからなくもないですが、討論会といいつつ意見をぶつけるわけでもなかったので、かなりグダグダな印象でした。
そもそも「科学技術は我が国の生命線であるとの再認識を討論しようと思います」って、結論が出ていたら討論の仕様が無いじゃないですか。確かに、事業仕分けの中で出てきた「世界一にならなくてよいではないか」という発言は、これだけを切り出して報道すれば確かに研究者を目指す若者に対して誤ったメッセージになりかねませんし*4、予算編成における経緯とかを無視して頭ごなしに削減ありきで話をする事業仕分けはいただけません。ですが、そういうことを口々に言い合うのは、はっきり言えば怪気炎を上げているだけであり、科学者として建設的な行為ではありません。
むしろ、今回の予算削減というのは、もっと大きな問題の一端であり、その原因の究明や対策についてを議論するべきだったのではないでしょうか。
突然スパコンの予算が消えたのは、決して財務省の役人がしたたかなのでも与党の議員が阿呆なのでもなく、研究者が研究者同士としか話し合わず、その研究を理解する専門家が外部にいないために、外部から見ると科学がブラックボックスになっちゃっているからではないでしょうか。つまり、質疑応答で利根川先生が科学分野の専門的な知識を持つ人が報道に居ないという話をしていましたが、報道に限らず専門家が研究施設の外に居ないのが原因なのだと私は考えているのです。
そうであるならば、今回の問題は一過性のものではなく、今後ことあるごとに「よく分かっていない人」に予算を削られて大変な目に遭う自体が発生するのではないでしょうか。討論会の場に居る人たちは、どうもそのような危機感が薄いのか「もっと社会に発信するべきだ」とか「キチンと専門家が議論して立てた予算を根拠も示さず削るべきではない」というような話に終始していた印象です。
記者会見で触れられた「科学立国と言いつつ科学に無理解な国」という現状をどうするか、もっとドラスティックな討論が起きると期待していただけに残念です。もっと大学での教育とか、あるいはもっと掘り下げて初等教育とか、科学を知らない人に科学をどう認識してもらうべきかとかについて、方法論でもよいからもっと議論した方が、今後に繋がったのではないでしょうか。
かく言う私も、あの場でちゃんとそういった意見を言うべきだったと少し後悔。

*1:もちろん冗談である

*2:業界用語で「サンプリング定理を満たしていない」と言う

*3:博士号

*4:実際には「一位の必要は無い」という意味ではなく、なぜ一位となる性能が必要なのかを問うていたのだという話を聞きました。